« 小島聰という男について |
メイン
| コツコツ »
2015のご挨拶
あけましておめでとうございます。
昨年、晩秋辺りから、なぜか占いを目にする機会が多く、すると不思議なもので、東西の区別なくどの占いも、2015年はなにかを新しくして吉、であったり、なにかを始めることになるよきっと、であったり、お変わりなさいあなた、であったり、さあ祝福のときです!、といったことを私に言ってきまして。誰もが、私に向けて、2015年が重要だとほのめかしてくるのです(自意識過剰)。
ただ、確かに私自身、ここ数年くすぶり続ける思いを抱えて暮らしてまいりましたのは事実ですし、そろそろそのくすぶりを確かな火種にしなければと思っておりましたので、…うむ、やはりであるか…と、合点が行くところもございまして(止まらぬ自意識)、少々盛り上がり気味の近頃なのでございます。
新年早々どうした、とお思いでしょう。しかし、普段興味を示さない不確かな助言(立派な統計学と思ってます)に耳を傾けてみようという気になったのも、「このくすぶりをどうしてくれる」という長らくの思いがあったからこそでしょうし、え、これオレのことだ、オレのことを言っている…!と、いい大人が勘違いしたとしても、これはもう、しかたがないことなのです。生暖かぁい目で見守ってください。え、そういうもんでしたよね
ブログって?(不安定)
というわけでいろいろ感化され、今年がどういう一年になるのか、ぼんやり思いを巡らせてみる私なのですが、するとどうしたことでしょう、えも言われぬ不安と昂揚に駆られます。大丈夫か、まだ三日目だぞ?もつのか一年?とすら思います。やはり、祝福のとき、というやつに慣れていないからでしょうか。慣れていないからでしょう。え、なんなんですか、祝福のときって(不安定)。
もちろん、もう何年も、いや、十何年も手探りし続けてここまで来たわけですから、今さらなにを怖がるのかと仰る向きもあるでしょう。しかし、手探りは所詮手探りです。いつだってどこかには、当たるも八卦当たらぬも八卦の開き直りがあった私です。どう転がろうともヘラヘラ笑っていられたのは、だからこそです。
しかしいよいよ私も齢四十。男性の平均寿命がようやく80を越えた近頃ですが、仮に80までの人生だとします。その場合、どうせ最後の10年くらいはそうそうたやすく使い物にはならないでしょ?思いもかけないタイミングでおしっこ漏れたりするかもしれませんし、自分の意志とは無関係の言動を繰り返すかもしれませんからね。ちょっと!恐ろしいこと想像させないでください!
なんせそうだとして、で、こういう仕事を初めてだいたい15年だから、モノ作りの人としては単純計算でおよそ45年の活動期間となるわけですよ。てことは15年をかけてその3分の1が終わり、これから中盤の15年が始まる、と。
ね。思いますでしょ。いよいよだなって。だって、中盤ですよ。物語もここらでいい山作らないとダレますもの。ね。いよいよなんです。
そもそも15年は長いのか短いのか。それこそ人それぞれでしょうが、私には少々短く感じます。そして、我ながらその感覚を喜ばしく思います。先の15年間と変わらず、やりたいことがあるということなんでしょう。足りるかこれで?と、たいした根拠は無くとも思えるやつは微笑ましい。よそったご飯茶碗を見つめて思案している若者の如しです。足りないんだろ?もっといけるよおまえなら、よそえよタァンと、と背中を押してやりたくもなります。茶碗を見つめる男が若者じゃないとしてもです。
しかし、これまでならただその欲求に突き動かされ、山盛りよそえば満足であった私ですが、だんだんそれだけでは満足できなくなってきた模様です。もっと美味しくたいらげたい。贅沢でしょうか。勝手にやってろってことでしょうか。おっしゃる通りです。こっちだって知ったことかです。
どうやら、今までとはなにか違う案配で、或いは手段で、自分の衝動に欲求に、応えて行きたいと考える時が来たようです。この先も、傍目には今までと同じようなことを繰り返しているように見えたとしても、私にとっては、そこがまるで未知の領域であるかのような、そんな景色に見えていることでしょう。そっと、人知れず、新しい時代へ突入いたします。楽しみでもあり、恐ろしくもあるのは、だからそんなわけです。
今さらそんなことを。親父あたりがこれを読めば、おっそ!と目を丸くすることでしょうが。
もちろん、もっと全然早く死ぬかもしれないし、とんっでもなく長生きして、思ったより全然いっぱい働かなければならないかもしれませんので、とらぬ狸のウンタラカンタラです。できればちょうどいい案配でお願いしますね、神様、ね。
ちなみに今日、1月3日は親父の誕生日です。おめでとうございます。どうか私の計算なんかを遥かに凌いで長生きしてください。そこもお願いしますね、神様、ね。
さて。今年はこういった駄文をなるたけ復活させたい。毎年そう言って結局更新するのは誕生日だけやないか、と自分に落胆してまいりましたが、今年こそはです。ここからして、お変わりなさい私、です。
いつしか文字を、言葉を連ねることが生業になりました。そんなつもりじゃなかったのにです。だけど、与えていただいたこの役割によって、たくさんの喜びも与えていただき、お陰で、できることなら少しでも長く、少しでも多く、なにかを連ねて誰かにお届けしたいと思うようになりました。
しかし、どうにも私はバカだし真面目です。少々頭が固いところがあっていけません。ちゃんとしなくていいところでちゃんとして、ちゃんとしなきゃいけない時に無能を晒す傾向がある。誰かのお役に立つことがあるとするなら、誰のお役にも立たないこともちゃんと吐き出して、いつだってバランスを取っていなければ、すぐに不本意なところへ偏ってしまいます。
少なくともこうやって書き垂らしていると、自分が少しも文章の上手い人間でないことを自覚します。大事なことです。下手くそを晒してこその精進です。あと、書けと誰からも言われないタイプのアレをね、書くという満足感ね。かつてはそれだけだったんですが。ずいぶんこの場所の意味も変容してきたもんです。いや、自分のための場所と思えば同じか、今も昔も。
なにしろ大事なのはバランス。ということで。おヒマな方だけ今後もお付き合いください。
まずは去年から持ち越したいくつかの課題を乗り越えます。その先に新たな喜びが待ち受けていることでしょう。これ以上新しいなにかがあるなんて。ありがてえ限りです。皆様におかれましても、どうか今年が幸多い一年でありますよう。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
2015年1月 3日 23:10
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.bull-japan.com/mt/unkospam.cgi/3202
コメント
2015年最初の投稿ですね。
しっかり読ませてもらいました。
15年って長いんですかね、短いんですかね。
私はまだ18年しか生きてないんであまりわかりません…笑
喜安さんはもっともっと仕事続けてください!それに長生きもしてくださいね!小野坂さんと一緒に!←笑
小野坂さんと喜安さんの絡みすっごい大好きなので!!笑
今年も頑張ってください!体には気を付けてください!
投稿者 優美 : 2015年1月 7日 01:08