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きりぎりす

これまた女性が主人公の物語。物語というか、女の人が自分の旦那に延々語りかける作りになっていて、心の中で書いた手紙のようである。芸術を見失い、見栄にとらわれていく夫に、三行半を突きつける妻の言葉が延々綴られる。ある意味では、「駈け込み訴え」と似ていると思う。


太宰さんが、売れて商業的になっていく太宰さん自身を戒めるために書いたのではないかと、解説に書かれてある。


なかなかに耳の痛い話である。


かつて、今よりももっとなにかにつけて余裕がなかった頃の私は、ほんの少しのことで自分のステータスが上がった気がして、結果、端から見たらとても見苦しい状態になっていたのではないかと思いあたることがある。今もたいそうな差は無いけども。


気をつけます。と、普通に思っちゃったよ太宰さん。


自分への戒め、或いは自虐を、作品として世間にさらすのだ。もはやわかりきったことだが、なかなかの神経の持ち主ではないか。それを女に語らせる形で表現する狡猾さも込みで、たいしたもんだと思います、太宰さん。


「この世では、きっと、あなたが正しくて、私こそ間違っているのだろうとも思いますが、私には、どこが、どんなに間違っているのか、どうしても、わかりません。」


という最後の一文が、苦しく、美しい。

2010年3月28日 13:40

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