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誰も知らぬ

何度目かの、女性が主人公の物語。四十一歳の安井夫人が淡々と語る。


“ 可笑しなことがございました。” で始まる安井夫人の語りは、芹川さんという友人女性との交流について滑らかに続く。途中、芹川さんにお付き合いしている男性がいることがわかって、動揺したりする。


で、芹川さんと青年の交際に反対していたらしき、芹川さんのお兄さんが、ある夜、安井さんの家を訪ねてきて、妹を知らないかと聞く。芹川さんたちが、いなくなったのだそうで。ところが、まあお兄さんはだいたい目星がついているとかで、荷物引っさげて安井さんの元を去る。


そして終盤。あまりにも唐突に、グンッと話しが動く。突如安井さん、立ち去ったお兄さんを追って、なりふりかまわず走り出す。実は、お兄さんと、“ 死ぬまで離れまい ” と覚悟していたのだという。お兄さんを見失い、人気の無い往来で “ お兄さん!” と叫んでみる。


急だな、おい。


しかし、この唐突な展開が気持ちいい。その秘めていた思いは、唐突だが、ありうると思わせる真実味を持っている。


友人芹川さんが日々大人になっていく、その姿を目の当たりにして、若かりし日の安井夫人の中で、なにかがどうにかなったとしても、おかしくはあるまいというものだ。


たしかに可笑しな出来事ではあるが、誰もがなにかを秘めているのだから、どこにでも転がっている当たり前の話とも言えるだろう。

2010年3月19日 22:00

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コメント

女同士の会話と感情の動きがリアルで、ちょっと黒いインクの輝きを観た時のような感覚がよみがえりました。
突然のドラマチックな展開で、読み手が自然に主人公の背景を想像できるのが、素晴らしいですね!

投稿者 りか : 2010年3月20日 09:21

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