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八十八夜

主人公、笠井一、二度目の登場。一度目は、今、手元になにもヒントが無いなかで記憶をたぐりよせるに・・・あれだろ?「狂言の神」だろ?笠井一が就職試験に落ちちゃって死んじゃって残念だみたいなことから書き始めたけど、実際は笠井一って私のことだ、って太宰さんが言い出して、最後は首つり自殺をしようとして失敗してしまう話。首つりが楽だって聞いたのに、ちっとも楽じゃなかったってやつ。


あえて確かめる前に掲載する。自分の脳内書棚を整理するのに、こういう負荷は必要だ。間違っていれば、私が恥をかけばいいのだ。


今回、文中の中で語り手は、なぜか笠井一のことを敬称で、笠井さん笠井さんと呼ぶ。それが、太宰さんのちょっとだけひいた感じ、「狂言の神」の頃とは幾分違う心理状態を、表しているように想像させる。かつては自分を心底卑下し、卑下した分だけ優しくしてもらいたがっているように思われて逆に優しくなんかするもんかと私に思わせたが、この頃には、自分のことをほんとに笑って話せるような、そんな良い意味での知性を駆使できる余裕があったのではないだろうか。なんせ「笠井さん」という響きが、いい。


「そうして、笠井さんは、旅に出た。」


この一文が、どうにもダメな、きっとダメな旅になるに違いない空気を持っていて、そういう一文が書ける所が素晴らしい。これはその一文に持っていく、それまでの運びによる功績だ。なぁにが、旅に出ただバカ。とつっこませるのだ読み手に。


いくつかわからないが、きっといい大人であるはずの笠井さん、「めちゃなことをしたい。思いきって、めちゃなことを、やってみたい。」とは、なんだ。しっかりしろと言いたくなるではないか。


汽車の中で、ふと聞こえてきた外国人の名前がなんだったのか、全く思い出せない件は、その情けなさを端的に表していて、読者にこれは悲しい喜劇だとよくわからせてくれる。


やがて、旅はこちらの予想通りダメな結末へ向かい、しかもなんともたわいない、まあしかし男にしてみれば確かにわからないでもない恥をかき、敗残兵よろしく帰京しようとするのだが、そこに前向きなニュアンスをグイッとねじ込んでくる辺り、やはり心境の変化を見てとれる。


強くなったというべきか。

2010年3月16日 20:26

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コメント

笠井一さんがちゃんとした主人公として再登場(笑)
めちゃなことをしたいと旅に出かけ、ちょっとだけ恥をかいて、結局めちゃなこともせず帰宅。
その結果仕事に目覚める。ちょっと馬鹿馬鹿しいなぁと思う反面、憎めない空気感が面白かったです。

投稿者 りか : 2010年3月19日 17:36

八十八夜を読んで笠井一さんが妙に私の壺に入ってしまいました。
狂言の神も好きでしたけど、八十八夜は違う面白みがあって、あー…やっぱり面白いなぁ…と。

投稿者 良湖 : 2010年3月19日 20:43

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