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虚構の春

太宰さん宛に送られた無数の手紙によってのみ構成されている。


少しずつ太宰さんご本人にまつわる知識も増えてきたので、時おり織り交ぜられる井伏鱒二ら実在の人物からの手紙の登場に惑わされる。惑わされるというのは、序盤は、実際に太宰さんに届けられた手紙を転載しているのかと思わせるくせに、やがて、これ太宰さんのことじゃん!(またか!)という内容の手紙が太宰さん宛に送られて来たりして、「ん?どういうこと?」となるうちに、読者は、つうか私は、虚々実々入り交じった手紙に翻弄される仕組みになっているからだ。


実際に送られてきた手紙を掲載している部分もあるのだろう。あるいは実際のものに太宰さんが手を加えている可能性もある。そして実は書きたいことを書くための嘘。と、全くのデタラメ。


この、虚実の入り組み具合がこの作品の読み物としての魅力ではないか。巻末の解説を読めば、太宰の重要な真実の言葉を数多く発見する、太宰研究上の宝庫だ、とあるのだが、そんなこたぁどうでもいい。私に限って言えば、私が読んで面白いかどうかだ。で、面白かった。長いけどね。


ただ、私が面白かったのはその惑わされ具合によるところが強く、それは、太宰さんが自殺未遂を繰り返しているとか、共産運動に参加していたとか、実家が金持ちだったとか、そういう前知識を私が持っていたから余計そうなのであって、そう言うことを知らない人が読んだら、しばらくして放り出してしまうのだろうか、とか考える。わけがわからんと言えばわからん作品だから。


しかし粘り強く読むことをお薦めする。最後、元旦に届いた「謹賀新年」らの言葉に混じって、いたく悲しい一文が混ざっていて、なんとも自虐的で、その一刺しが上手い。そして、全編通してあくまで太宰さん本人ではなく、他人の言葉によって少しずつ太宰さんという人のその当時を浮き彫りにしていく、その見せ方が寂寥感を強く高めてくれて、本人がどうのこうの言ういつものそれより、幾分か受ける印象がいい。


作家として曝け出したいなにかと楽しませたい技術。併せ持っているなぁと思わせる。

2010年3月 3日 19:17

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コメント

今日もお疲れ様です。
虚構の春は私も読んでいいように惑わされ、いい具合に太宰ワールドに迷い込みました。
そして、あれよあれよという間に終結してしまって…結果、四回読みました…。
四回読んで、何とか形が掴めるようになったので、もう少し輪郭が見えるようにもう一度読もうと思います。
この話は読めば読むほど深みに嵌るトコがあるのが実は楽しくて結構好きな話です。

投稿者 良湖 : 2010年3月 9日 20:08

三部作の一つという認識で読み始めたんですが、この作品は非常に面白かったです。

虚実入り交じりの他人からの手紙で、太宰さん自身を浮き彫りにする手法は、さすがだなぁと思いました。
太宰さん自身が登場する作品の中で、太宰さんの存在を気にすることなく読めたのは初めてでした!

投稿者 りか : 2010年3月10日 02:36

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