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玩具

“(未完)”と表記されて終わっているので、未完なのだろう。


しかし、“(未完)”というのはわざとで、そう表記することで、より幻惑させようとしているのではないかと一瞬思わせる妖しさもある。それは後半の、幼少期のイメージの羅列のよくわからなさによるものももちろんだが、前半の作家本人の吐露によって惑わされたところもある。


これ演劇で言ったら、途中でいきなり私が舞台上に作家として出てきて、


「あの、すいません。いいですか?ここまでのシーンには自信がありまして、この先こういう風にしたいという工夫もあるんですけど、なんか正直言いますと、書きたくないんですよねなんか。いいですか?いろんな工夫はさておき、ちょっとずつでいいならこの先もお見せしますけど。いいですか?ちゃんと見てくれます?あじゃいきますね。えっと、私の1、2歳の頃の記憶なんですけど・・・、」


で、役者が出てきて私の幼少期の記憶を断片的に演じて見せていく、という作りになってるわけだ。客は、わざとか?本気か?当然戸惑うだろう。あげく最後、もう一回私が出てきて「ま、未完なんですけどね。」と言い、突然カーテンコールが始まったら、客は、え?わざと?わざとなの?となるだろうよ。


まあ実際は、書きたいイメージはあるのにほんとに書けなくて、正直に書けないということを書き、で結果 “(未完)” で終わっただけなんだろうなあと思うのだが。「ロマネスク」の、やりきれずに吠えている主人公を見ていたりするとそう思う。

2010年2月 7日 01:54

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コメント

何か、面白いですね!
そういう舞台、見たいです!絶対面白い舞台になりますよね!
未完だと、続きがいろいろ想像できる良さもあるので、ある意味完成だともとれますよね。

投稿者 あひる : 2010年2月 7日 09:01

喜安さんの「玩具」に関する記述を読み「どういうこと?」と思い、取り急ぎ読んでみました。

うん、確かに “(未完)” なのでしょうね?書いてますもんね。
でもこの未完具合は、白水社版カフカの『城』に比べれば衝撃は少ないですね。
“(未完)” と書かれていなければ私は、終わったものとして受け入れてしまったと思います。
途中の読者へのお伺いは気になったとしても。

投稿者 かこ : 2010年2月 7日 22:59

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