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思考をずらしていく

机の上を片づける。これだけでずいぶん「まともな生活を送っている感」が与えられる。今も片づいた机で清々しく書いている。昨日までは膝の上で書いていた。申し訳ない、膝の上だったのだ昨日までのは。


散らかっていたものの多くは領収書の類いだ。そしたら今日、ポストに確定申告の書類が放り込まれていた。ナイス。ナイスタイミング税金の神様。いつでも確定申告しろと。毎年ギリギリになる私ですが、今年は違いますぞ神様。なんせもう領収書は片づいているのです。あとは、書類をチョチョーッとアレすればいいだけです。そのチョチョーが果てしなく辛いです神様。


領収書の話しに戻るが、ん?なに買った?と、一見では思い出せない領収書があることが大きな問題だ。それが2、3万もするものだったりするから、とんでもない。私はいったいなにに2、3万円も払い、それによっていったいなにを得たのか。その実感が今この瞬間無いことの虚無感と失望。その時はきっと楽しかったのだろう私だ。領収書をもらう余裕もあったくらいなのだ、楽しく、かつ冷静だったはずなのだ。が、今、その時の感覚は思い出せない。店名を見る。知らない店だ。残念ながら「品代」となっているので手がかりは少ない。ダメだろ「品代」じゃ。


まあいい。なんせ片づいたことが大事だ。いい。この勢いで、日々、一カ所ずつ年を越していくことにする。


今日も、昨日書いた「自称レストラン」で作業。土曜日の駅前でも適度な混み具合。素晴らしい。昼過ぎに訪れ、アイスコーヒーだけではもたず、追加でアイスカフェオレも頼んで閉店ギリギリまで居座らせていただいた。利尿作用がすごい。で精算をすませる時、オーナーらしき初老の男性に声をかけられた。「いつもありがとうございまぁす。」


確かに昨日、あと一、二回で顔見知りと書いたが、よもや今日とは。読んでらっしゃるのか?このブログ。


で話はいろいろ飛んで申し訳ないが、その作業というやつがなかなかに進まない。そのことにまつわる思考のあれこれを具体的にここで書き連ねられたら少々楽になるのだろうが、そうはいかない。黙々と作業するしかないので残念だ。


ブルで脚本を書く時、その時間の多くが感覚を巡らせる時間で、結果的に「あ、なんか計算したみたいに上手くつながった」となることはあっても、計算づくでどうこうした、ということはほとんど無い。今取りかかっているそれはその逆で、というのもお仕事だからしかたがないのだが、自分の感覚とは違うものを具体的な形にせねばならず、必然的に論理的な思考を求められ、というか結果的にそうなっていて、で、そればっかりだと楽しくないのだなぁ、という話だ。


楽しむことが大事だ、なんてことはもう今さら書く気にもならないアレだが、考えるのは、じゃあどうすれば楽しめるかという、思考のずらしだ。なにかが凝り固まっている。そこをすっとずらせば楽になりそうなので、いったんPCを離れ、なんでもノートに立ち戻ってみる。作業の方法を変えてみればどうにかなったりすることも、あったりなかったりだ。


とはいえ今日はもう深夜だ。夜は作業しない。明日に続く。

2010年1月24日 01:34

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コメント

おはようございます。
喜安さんが机の上で、時には膝の上で書いてもおもしろいこのブログ。おそらくオーナーも読んでいることでしょう(笑)
思考をずらすというのは中々骨がおれるようですね。日々の努力が喜安さんの作品に反映されるよう応援していますね。

投稿者 りか : 2010年1月24日 10:05

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