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富嶽百景

申し訳ないことに、私は太宰治について、漠然とした、浅薄なイメージしか持ち合わせていない。


自殺した人。何回か自殺した人。女の人と一緒に自殺した人。けっこう自分のことを書きがちな人。タイトルに「人間失格」とかつけちゃう人。


そんな感じ。


今はいい。段々具体的になっていけばいいと思っているのだが、そんな浅はかな先入観をもって「富嶽百景」を読むと、太宰さん、なんかちょっとかわいげがあるねと、これまでと違ったイメージを抱かされる。そこが初見の小さな驚き。


「富嶽百景」には、太宰さん本人のことが描かれている。これはイメージ通り。


富士山批判から入るその語り口は、初心者が勝手に抱いている“めんどくさそうな太宰さん”像そのもののようであり、なるほど待ってましたとなる。で、便所の中に立ちつくして、金網撫でながらじめじめ泣いて、のくだりを読めば、ほらほら、なんかねっちょりしてんぞ、太宰だぞ、と勝手な太宰像がムクムクッと膨れ上がってくるのだが、それ以降、そんな感じの太宰さんは出てこない。


細かく見ていけば、めんどくさい人だとは思うし、ねっちょりもしてんだろうが、それよりもなんと言うか、時が経つにつれ作品全体も太宰さんも、どんどん優しく、どんどん爽やかな気配に包まれていくのだ。


天下茶屋と、周辺の町での人々との交流にはいやらしさがなく、慎ましく、ささやかに優しい。それがなんか、よかったね太宰さん、と思わせる。最後の小さな悪戯も、微笑ましく思える。読後感もいい。この先の太宰さんに、いいことがありそうな感じがするのだ。


これ、先入観があるからよけいにそう感じたようにと思うのだが、太宰さんのことをまーったく知らずに読んでも、この感覚はあるのだろうか。


巻末の解説によれば、“夫人との結婚後第一作で、再出発への気魄にみちている” んだそうだ。なるほど、言われればそんな感じがする。ずっとこんな感じだったら良かったんだろうが、この後、日本は太平洋戦争に突入したりするし、他の女の人とも出会っちゃうので、なかなかそうもいかなかったんだろう。


なんせとても素直に書かれたのであろう、こちらにも素直に言葉が、情景が届いた。だからきっと、太宰さんのこと知らなくても、感じるなにかがあるはずだ。太宰さんと思わず、ただグズグズしたどっかのだれかの話だと思っても、なかなかに読めると思います。富士山の近くの山にこもって何ヶ月もグズグズしていられるなんて、なんと贅沢な、とも思いますが。


ちなみに私の富士山は、東京出てきてすぐ、だから20代前半、デパートで早朝バイトしてて、真冬、快晴の日に屋上に出たら、富士山がくっきり見えて、見つけた瞬間、「うお!すげえ!」って叫んで、思わず拝んだ、そんな富士山だ。西方に生まれた日本人に富士山は未知の山だ。ケチつける余裕は当時の私にはありませんでした。


2010年1月28日 18:14

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コメント

富嶽百景、私も見たことあります。
太宰治の小説は鬱になりそうになるのに
大体読んでしまいました。
人間失格だと、主人公は最初誰よりも世界が分かっているように見えたのに
最後には、本当は主人公が見えていなかった、ように見えるんですよね
人間失格の主人公が太宰治さん本人のことに見えてしかたなくて
どうしようもないです。
って、語ってしまってスイマセン


それより
テニプリフェスタDVDみました!!
喜安さん面白すぎてカッコよかったです!
本当に!いつも元気貰ってます!
有難う御座います!
退却

投稿者 真優 : 2010年1月28日 18:33

お疲れ様です。満願は確かにアレな話ではあるのですが、、白いパラソルも簡単服の表現もさわやかで、登場する女性たちもとてもチャーミングだと感じます。太宰氏の生き方が非常に耽美的かつ退廃的であるので余計にそう思うのかもしれないけれど。白いパラソルをくるくるとまわしながらルンルンでゆく奥様、すごく可愛いじゃない!アタシはその気持ち、よおくわかるけど。富獄百景もいいお話だよね。
天気のいい日はウチからも富士山見えるけど、本当に素晴らしい!1日のパワーをもらえるカンジでうれしくなっちゃう。
富士山とは逆方向の通勤経路は隣を真っ白な新幹線がビュンビュン通っていて、それもまた、朝からなんだか元気な気持ちになるのよね。明日もお仕事、がんばりましょう!うほっ!

投稿者 ちょちょ : 2010年1月28日 22:24

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