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その男は「とら」と呼ばれていた。ただ、申し訳ないのだが、なぜその男が「とら」と呼ばれていたのか、その理由まではわからないので答えられない私なのです。 そんな私にだって知っていることはたくさんある。 「とら」は1974年、寅年生まれの三十歳。本名「大河俊彦(タイガトシヒコ)」。都心の小さな玩具メーカーに勤務し、トラブル処理係に配属されていた。趣味は野球観戦。大の阪神タイガースファンで、ごひいきは掛布、真弓、平田、御子柴。近年では坪井(現在日ハム)、赤星、金本。仲間うちで阪神優勝を宣言するも、その年、阪神は最下位に終わり、結果、罰ゲームとして虎刈りにされるという憂き目にあったこともある。また、「とら」は酒に弱く、周囲の制止を振り切っては酒を飲み、ひどく酔っ払っては記憶をなくす大虎野郎だったというのが周囲のもっぱらの評判で、『普段はとてもいい人なのに、一度酔っ払った「とら」に「トラウマになるようなことをするぞ!」と言われて、その言葉だけでも充分トラウマになった。』と語る女性もいるほどだ。おそらくは、「とら」と言えども普段の生活の中では随分なストレスに悩まされていたのだろうと推測する私です。 あるいは、「とら」の恋人が「とら」の部屋に遊びに行った時に「とら」の許可なく机の引き出しを開けようとしたら「とら」がとっさにその手を掴み、低いトーンで「見ないでよん」と言ったというエピソードがあり、そのことから「とら」には恋人にも言えない秘密があったことが分かる以外に、ちょっと愛くるしい一面もあったことが伺え、いよいよ「とら」の事がよく分からなくなる私なのですが、誰にだって秘密の一つや二つあるだろうなと、誰だって一人になりたい時があるだろうなと、妙に共感を覚える私もいたりします。ただ問題なのは「とら」にも恋人がいたということで、恋人がいたということは「とら」もそれこそアレやコレやしていたはずだということで、どうしてどうして「とら」も捨てたものではないと言えるわけですが、でもそんなこと言ってたら私にだって恋人の一人や二人いますから、これ、どっこいっどっこいということじゃないでしょうか? そんな「とら」ももういない。関東一円に数十年ぶりの寒波が訪れた、とある冬の朝、川沿いの土手で凍ってカチンコチンになった「とら」が転がっているのが、近所の住人によって発見されたのでした。「とら」はトランクス一丁だったそうで。 なにをどうしたらそんなことになるのかという疑問はあるものの、でもそんなことより聞いてほしいのは私自身のことです。急遽配属されたトラブル処理係はあらゆるトラブルを抱え込み、2年付き合ってきた恋人は結婚しろと言わんばかりの眼差しを日々突きつけてきます。なにかをしたいと思ってもなにをしたがっていたのか、いつだってよくわからなくて頭を抱えっぱなしだし、だから「とら」とかほんとどうでもいいんです。どうにかしてください。…誰かが言っていました。「男ならやってやれだよ」。さて、なにをどうやってやりましょうか!! 冬でも元気な 喜安浩平 |
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