2月。とても静かなある日―。
廊下には肌を刺す冷気が漂い、校庭にはとけ残った雪の残骸が横たわる。ある教室では、若い教師が日本の近代史について饒舌に語り、ある教室では、年老いた教師が念仏を唱えるように数学を説く。グラウンドからはランニングする男子生徒の掛け声が響き、体育館からは女子生徒がバレーボールに興じる声が届く。どの教室にも、必死に教科書を読み解く生徒や、睡魔に負けて突っ伏す生徒がいる。そして美術室では、授業の無い美術教師が、ぼんやりと窓の外を眺めている。いつもと同じ平凡な光景。今日もまた、一日がゆっくりと終わっていくはずだった。
事件は突然起こった。
地方の県立高校。三学期もあとわずか。やがて多くの生徒が進級し、多くの生徒が卒業する。今、彼らはゆっくりと、あるいは急激にどこかへ押し流されている。その小さな事件に気づく者が少なかったのは、誰もがその流れに飲みこまれ、誰もがそれどころではなかったからだ。そしてわずかに気づいた者たちも、その事件の全てを知ることはきっとできない。後に残るのは、かすかな謎とかすかな傷跡・・・。
春待ち遠しい季節、雪解け水は静かに濁流を生み、人を、時間を押し流す。抗う者の、声もかき消す。一人の教師が姿を消すまでのいくつかの瞬間をそっとすくいあげます。どうぞご覧ください。
喜安浩平
