季節の変わり目などは妄想のオンパレードだ。視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、シックスセンス或いはセブンセンシズなどから喚起された妄想は突如として身を起こし、力強く、時に鮮やかに、時にエロティックに活動を開始する。例えば、
春は桜。
私はいつしか一枚の花びらとなっている。
咲き誇る今は最高に気持ちがいい。なぜならば、下の者達が私達を愛でてくれるからだ。私達はつい、
デへっ
と照れてしまい、淡い色をまた少しだけ濃くさせる。たまにこちらに関心のない者者が、ただもう下で酒を酌み交わしゲロを吐くが、養分になるから別にいいや、と思う。
しかしある日突然、私は我が身の無力さを知る。そしてそれはあまりに、儚い。
あら?
突然はらりと自然落下を始めた私が、ふんわりとしたのも束の間、ぴしゃりと春風に捕らえられ、先に逝った仲間の散らばる地面に「えいや!」とばかりに叩きつけられる。さらにそこに来た女子高生の乗る自転車によって八つ裂きにされるのだった。
ぎぐはっっっっ!!!!
夏は西瓜。
自身の体が熟れ始めると胸が踊る。膨らんだ期待はまだ見ぬ夏への憧憬だ。父は太陽となり母は大地となる。私は、おかげですっかりみずみずしく、食べ頃に成長した。そして……
ザザ〜ン。
……。
ザザ〜ン?
気がつくと私は海に来ていた。
初めて聞く潮騒と、夏の太陽が私を雄々しく包む。地面の砂がなんともくすぐったい。
少し先で「右だ」「左だ」と声がする。笑い声がして、棒をもった女が私に近づいてくる。
狂気を感じつつも、女性が薄い布一枚の格好で迫ってくるのは、まあ、悪い気はしない。
「右?わっかんね〜」白い歯を覗かせた口元がかわいい。この娘、どんな目をしてるのかな。わからない。なんか目のあたりにも、薄い布巻いてるね!え、何、パレオ?
だんだん近づいてくる彼女の影が、すっぽりと私を包む。……アングルが、かなり際どい。
刹那。彼女の両腕が一気に降り下ろされた。私はあっさりぱっくり真っ二つになった。
ぐっぱああは!!!!
秋は蜻蛉(とんぼ)。
夕暮れの中、水を求めて飛びながら、くるり頭をまわす。
三百六十度茜色のパノラマが、私の複眼に照射される。それを小さい視神経が白と黒に分配してキャッチし、信号に変換して、さらに小さな小さな脳に送るのがわかる。
私はその景色を、特にどうとかは思わない。ただ、懐かしむ。それは私の遺伝子のもつ記憶なのだろう。
五分飛ぶとマジ疲れた。マックとかないので適当に草葉の先で休憩していると、突然目の前にすっと、誰かの指が現れる。少女の、まだ幼い指だ。私はその指の細やかさに思わず見とれてしまう。
指はゆっくりと回転を始めるだろう。私は遺伝子の信号パターンに沿って、今にもポロッともげそうな首を回してそれを追うのだ。お約束だ。これはお約束なのだ。お約束にはかなわないや。ふが〜いないや〜などとぼんやり考えていたら、そのうち信号がぷつんと消えてしまった。気を失ったのだ。
目覚めた時、私は動けなかった。少女の小さな指が私の羽をつまんでいる。そしてそのまま隣の少年に向ける。少年がにやりと笑った。間違いない。彼はこの華奢な首にか〜なり興味をもっているはずだ。ほどなく私の頭をむんずと掴み引っ張ろうとするだろう。少女がじっと私を見おろしている。モノクロのモニターに映るその無垢な瞳が、なぜか愛しい……。その時、映像にノイズが!
いぃーててててぅもげるもげひょわっ!!!!
冬は雪。
じわっとなってぎゅっとなってハッとした時には私は結晶になっていて、あっという間に上空から放り出されていた。眠らない街、「新宿」に向かって眠るようにゆっくりと落下する。大晦日、午前3時。
多くの仲間達の待つ地面に向かい、私はあっさりとそこにたどり着いた。「よう兄弟!」とハイタッチするブラザー。「仲良く固まりましょうよ!」と女性陣にハグで歓迎され、そのまま抱かれる。ウハウハだ。
なによりも、この静けさがとても優しい気持ちにさせてくれる。耳では聞き取れないような微かな音が、しんと心に染み込んでくるのだ。
私は永遠の時を手に入れたのだろうか?
いや、そうではなかった。
陽が登る。私がいたのは地面ではなく、歌舞伎町一番街のゲート看板の上だった。意外に太陽に近い。昼がきて夜がきて朝になった。それを繰り返しているうちに、仲間達が「おつかれー」とか言って次々消えていく。はっとした時には私もうっかり水っぽくなっていた。つるっとアスファルトに落ちるとそこは意外に熱く、とたんに気化してた。
しゅわっス!!!!
……私の妄想は、ちょっぴり儚く、ちょっぴり切ない。
ていうか今思ったが、私、かなりMっ気があるんじゃないだろうか?
ま、ここだけの話だ。